フランスの数学者ベルトランは素数表を観察する中で次の予想を立てました。
n=1,2,3,…で確認すると
- n=1: 1<2≤2より素数2が存在
- n=2: 2<3≤4より素数3が存在
- n=3: 3<5≤6より素数5が存在
- n=4: 4<7≤8より素数7が存在
とたしかに素数が存在します。
ベルトランはn≤3×106で予想が正しいことを検証しましたが任意の自然数で成立することを示すには至りませんでした。ベルトランの予想から5年後、チェビシェフがこの予想を肯定的に解決し「ベルトラン・チェビシェフの定理」と呼ばれます。
チェビシェフの証明はガンマ関数を用いた高度なものでしたが、放浪の天才数学者として有名なエルデシュが高校生の時に初等的な証明を発見しました。その証明が「Proofs from THE BOOK」[1]エルデッシュは無神論者でしたが、「すべての定理、理論が書かれた本」の存在を信じており”THE … Continue reading(邦訳「天書の証明
」)に載っています。また、数研通信70号に一松信先生が「nと2nの間に素数がある」という記事で解説されておりそれぞれを参考に前編、後編の2回に分けエルデシュによる証明を紹介します。
一松信先生も記事のなかで
実力のある高校生なら十分に理解できる証明で,知っていて損はしないと思いますのでここに紹介します。
とコメントされている通り高校生でも十分理解できる内容なので証明を一緒に追ってもらえればと思います。
証明のアウトライン
エルデシュは二項係数の中央の値2nCnを素因数分解
2nCn=pa11pa22⋅⋯⋅pakk
した時の素因数piとその指数aiを考察し次の性質を導きます。
- 各因数はpaii≤2nと上から押さえられる。
- pi>√2nならば因数はp1iの形になる。
- piは[2,23n],(n,2n]の範囲にしか現れない。
ここから2nCnは
2nCn=∏pi≤√2npaii∏√2n<pi≤23npi∏n<pi≤2npi
とかけ、∏n<pi≤2npiの大きさを評価することで
nと2nの間には素数が一定数存在する
という結論を導くことができます。
素因数piと指数aiの性質
二項係数2nCn=(2n)!n!n!なのでまずn!の素因数pの指数に関する補題を示します。
r=⌊logpn⌋∑k=1⌊npk⌋
この補題は「ルジャンドルの定理」として知られており、例えば「高校数学の美しい物語」さんに分かりやすい証明があります。
この補題から2nCn=(2n)!n!n!の素因数piの指数aiは分子(2n)!のpiの指数から分母n!n!の指数を引いて
ai=⌊logpi2n⌋∑k=1(⌊2npk⌋–2⌊npk⌋)
と書けます。一般に実数x∈Rに対してx=⌊x⌋+c(0≤c<1)とかけ
⌊2x⌋–2⌊x⌋=⌊2c⌋≤1
なのでxk=npkとおくと
ai=⌊logpi2n⌋∑k=1(⌊2xk⌋–2⌊xk⌋)≤⌊logpi2n⌋≤logpi2n
が成立します。これより
paii≤plogpi2ni≤2n
となります。また、pi>√2nの時
ai≤logpi2n=log2nlogpi<2
よりai=1となることもわかります。まとめると以下になります。
- paii≤2n
- pi>√2nならばai=1
2nCnの素因数piがとり得る範囲
エルデッシュの証明の根幹をなす次の性質を示します。
2nCn=(2n)!n!n!の分子、分母に現れるpiの回数を数えてみます。
23n<pi≤nの場合、pi≤n<2pi≤2n<3piなのでpiを約数に持つ数は
- 区間[1,n]: piのみ
- 区間[1,2n]: piと2pi
となり2nCn=(2n)!n!n!の分子、分母でちょうど2回ずつ現れ約分されるので素因数に持つことはありません。
具体例でみる各性質
エルデッシュが導いた
- paii≤2n
- pi>√2nならばai=1
- pi∉(23n,n]
を具体例を通じて確認してみましょう。n=15の場合
30C15=30!15!15!=24⋅32⋅5⋅17⋅19⋅23⋅29
と因数分解でき
- 各因数についてpaii≤30
- pi>√30=5.47…つまり7以上の素因数の指数は1
- pi∉(10,15]つまり素因数11,13を含まない
と確かに性質が成立していることがわかります。
後編ではこれらの性質を使って∏n<pi≤2npiの大きさを評価し
nと2nの間には素数が一定数存在する
という結論を導いていきます。
参考文献
- 「Proofs from THE BOOK
」(邦訳「天書の証明
」): Chapter 2, Bertrand’s postulate
- 一松 信, 「nと2nの間に素数がある」(数研通信70号)
- 栃折 成紀, 「「nと2nの間に素数がある」の証明を考える」(数研通信76号)
脚注
↑1 | エルデッシュは無神論者でしたが、「すべての定理、理論が書かれた本」の存在を信じており”THE BOOK”と呼んでいました。本書のタイトルはエルデッシュのこの言葉から取られています。 |
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