学力の経済学(中室 牧子 著)

投稿者: | 2017-02-17

概要


「学力」の経済学

教育を経済学の考え方や統計の手法で分析する「教育経済学」について一般向けにわかりやすく書かれています。「賛否両論があるみたいだけど、今話題の本だよ」と妻に勧められて読んでみました。

冒頭、「データが覆す教育の定石」と刺激的な書き出しから始まっている通り「データ(エビデンス)に基づいて教育を評価、実施しよう」という主張が貫かれており、データ分析を生業[1] … Continue readingにする人間として、また、2人の娘を持つ親として興味深い話が多かったです。

感想

本書の構成は大きく分けると

  1. 子育ての新定石
  2. 教育施策の客観的評価

になっています。いずれも「エビデンスに基づいて科学的、客観的に教育を評価しよう」という主張で、基本的に私も賛成です。

特に教育施策の客観的評価は日本は非常に遅れているのが現状で、多額の税金を使い、子供の生涯賃金ひいては将来のGDPに大きな影響を与えうる教育分野の費用対効果がきちんと評価されていないというのは確かに異常だと思います。 一方、評価方法が統計的な手法に頼っている(ランダム化試験&差の検定)ため、前者の「子育ての新定石」については受け入れらない人や批判する人が出てくるのも仕方がないと思います。

「子育ての新定石」について読むと

  • ご褒美で釣っても「良い」
  • ほめ育てはしては「いけない」
  • ゲームをしても「暴力的にはならない」

とインパクトのある内容で、その根拠も本文中でしっかりと示されています。ただ、子育てに悩む人(おそろく本書のターゲット層)の関心は

「我が子にとって良い方法は何か?」

であり、統計的には「一発勝負で個別事象がどうなるか」に関心がある状況に対応していると思います。統計は全体傾向については情報を与えてくれますが、個別事象について確定的なことは何も教えてくれないことに注意が必要です。統計では

  • ある程度の人数の集団をランダムに処置群と対照群に分けた時に評価スコアが適当な分布(多くの場合は正規分布)に従うと仮定する
  • 処置群と対照群は介入(例:ご褒美で釣る/釣らない)以外の評価スコアに影響を与えうる条件はすべて同じと仮定する
  • 介入の有無による差異は実験期間中に現れると仮定する

など数々の仮定を置いた上で、分かることは

  • 観測された処置群/対照群の「平均評価スコア」の差が偶然生じる差以上に開いていそうかどうか

であり、あくまでも平均について差がありそうかどうかが分かるだけ[2]もちろん小数のサンプルでさも全体を代表するかのような発言をするよりかはよっぽど有益な情報です。なのです。仮に自分の子が全体傾向と異なる結果となっても統計では

  • その子が実験の仮定を満たしていなかった
  • 運が悪かった
  • その両方

ぐらいしか言えないのが実情で、「私の経験では~」といった個別事象の論議に巻き込まれて紛糾するパターンになりやすいテーマだと思います。結局、子育ての新定石については参考情報として捉える程度にし子供の個性を見つつ夫婦の方針をすり合わせるしかないと思います。

子育ての指南書というよりも子育ての「迷信」を払拭し、親が不必要な負い目を感じることを無くす意味では、本書は子育て世代より祖父母世代や教師世代に読んでもらうほうが良いと思います。その意味でターゲット層がずれていると最初読んだ時は思ったのですが、前半の「子育ての新定石」がないと教育施策評価だけの一般受けしない内容になりここまで話題になることはなかっただろうと考えるとこの構成は著者、出版社の作戦勝ちな気がする一作です。


「学力」の経済学

脚注

脚注
1 余談ですが隣のチームが通信教育系のお客様にデータ分析コンサルをした際、本書にもある通り教育に関しては「一億総評論家」でどんな結果が出ても各人が持論を展開して打合せのモデレートが大変そうでした。
2 もちろん小数のサンプルでさも全体を代表するかのような発言をするよりかはよっぽど有益な情報です。

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