概要
フラクタルで有名な数学者、経済学者であるマンデルブロによるブラック・ショールズ公式に代表される現代金融工学への警鐘を鳴らした書。2008年のリーマンショックを皮切りにギリシャショック、チャイナショックなど金融工学が正しいとすると数万年に一度レベルしか起きないショックが多発したことは記憶に新しいですが、これらのショックの危険性を予見していた(原書は2006年刊行)ことでも注目を集めました。
感想
本書のポイントをまとめると
- 金融工学が土台とする「効率的市場」「価格変動の独立性、統計的定常性、正規分布性」は市場の実態とかけ離れた仮定
- 実際の市場データを分析すると効率的でないし、価格変動は長時間相関を持つし正規分布よりも「べき分布」に従っていると考えられる
- つまり、金融工学が仮定している前提ではリスクが過小評価されており、一度ですべてを失うような損失への対処がおろそかになる懸念がある
- 誤った仮定の修正を繰り返し辻褄を合わせるのではなく、現実に向き合いより適切なモデルを構築すべきである
- その1つの有力な候補が「マルチフラクタル・モデル」
です。
本書の主張は現代ファイナンスの本流を真っ向から否定するものなので過激な内容かと思ったのですが、1つ1つ事実を丁寧に積み上げ分かりやすく説明しているので、それほど苦労せずに主張の骨子を理解することができました。リーマンショックの年に社会人になり投資に回した資産がダイナミックに変動した経験とも照らし合わせてもその主張には共感できるところが多いです。Brexitやトランプ大統領誕生時の変動もとてもランダム・ウォークとは思えない動きでしたしね。
本書はこれだけの内容をなんと数式を一切使わずに説明していて、読むと「分かった気になる」のはすごいです。金融工学の事前知識がほとんどなくても読み切れるのではと思います。また、単に現代金融工学を批判するだけではなく、代替案(「マルチフラクタル・モデル」)を提示しつつマルチフラクタル・モデルの研究はまだまだ道半ばであることも率直に認めているのも研究者として真摯な姿勢だと思います。1つの学問を作り上げるくらいの大御所は概して気難しく排他的なことがあるので勝手に反金融工学原理主義者なのかと思っていましたがとんだ誤解でした。
一方で、ビジネスに身をおく立場からすると現代ファイナンスは共通言語になっているので少なくともボトムアップ的に状況が変わるのは難しい気がします。正直、MBAホルダーのおじさまに一から説明して「マルチフラクタル・モデル」への転向を説得できる自信はないです…。また、現実的な問題として正規分布から離れてべき分布に移った瞬間に取り扱いが難しくなり一般人には手に余る状況になるので正規分布の仮定を維持しつつその補正や修正(リスクを安全サイドで評価しておく)でしのぐ誘惑もなかなか抗いがたいと思います。
フラクタルの観点での見方が定着するまでにまだまだハードルは高いと思いますが、少なくとも今の現代ファイナンスの仮定にかなり無理があるのは事実なのでマルチフラクタル・モデルが「金融市場の本当の姿」を描くモデルとして発展していくことを期待しています。