NHKスペシャル「天使か悪魔か-羽生善治 人工知能を探る」の取材内容をまとめた一冊です。各章のテーマ
- 人工知能が人間に追いついた
- 人間あって、人工知能にないもの
- 人に寄り添う人工知能
- 「なんでもできる」人工知能は作れるか
- 人工知能といかにつき合えばよいのか
に対して羽生さんが取材で感じたこと、考えていることを率直に述べ、各章の終わりでNHK取材班が補足情報を入れるというスタイルになっています。羽生さんならではの視点が随所にあり人工知能を少し違った視点で眺めることができる一冊だと思います。
例えば1章の「人工知能の人間に追いついた」ではDeep Neural Network(DNN)の学習手法である誤差逆伝播法やドロップアウトのことを
私は、これまで将棋の本で折に触れて、無駄な情報を扱うことを減らす「引き算」の思考にこそ人間の頭脳の特徴があると書いてきました。ディープラーニングに、こういう「引き算」の要素が入っていることは、とても面白く思います。(本書P.25より)
と言われており、誤差逆伝播法を「引き算」の思考法と捉えたことはなかったので面白い見方だなと思います。そう考えると今のDNNの学習は非常に計算コストが多いので、人間が「引き算」の思考をそれほどコストなく体得できることを踏まえるともっと良いDNNの構造や学習方法があるのでは…とつい夢想してしまいますね。
他にも将棋における「美意識」が人工知能にはまだ存在しないとしつつ、逆に「美意識」で除外するところにも良い指し手があり「美意識」がない故に人間が気づきにくい良い手を指せるようになったのが人工知能躍進の一因だと感じられているようです。
将棋に限定すれば「美意識」を獲得できなくても問題ないでしょうが、もし社会で共存していくのであれば人工知能が人間の「美意識」や暗黙的に共有している常識、認識を持たないといけない可能性がありそうです。(この辺の話は3章「人に寄り添う人工知能」でも詳しく触れられています。)
また、最終章の「人工知能といかにつき合えばよいのか」では人工知能や取り巻く膨大な情報とのつきあい方に触れています。情報サービスの普及で便利になる一方で、それは多様性を失う側面もあり、あえて情報を集めることに固執せず自ら独創的な手を編み出す時間を充てるようにしているそうです。確かに将来的に人間のタスクとして残るのは情報を集めるだけでは生み出せない独創的なアイディアを作り出すところなのかも知れませんね。
全体を通じて羽生さん自身が人工知能(特にDeep Learning)を詳しく調べ、そして人工知能の進化による将棋界の激変を目の当たりにした体験を踏まえて語られており今後、人工知能と向き合うことになる我々にとっても示唆に富んだ内容になっていると思います。